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ツキノヤ

日々、地道に落ち着いて育ててゆくことなど。グレーゾーン、「気になるタイプ」の早生まれ新小5と暮らしています。

ほんの少しだけ祈る感じで

気持ちが少し落ち着くので、日々少しづつであれ事務所の掃除をしている。掃除をすると落ち着くときの感じについて思いを巡らせてみると、むかしからこうだった訳ではないのだと気がついた。さて、いつから掃除によって落ち着きが得られるようになったのだろう。

夏の暑い昼下がりの帰り道に、ちいさな探検を兼ねて通常のルートとは違う道を通ったことがある。ふらっと角を曲がったら小さな公園に出て、瞬間ふわっと心持ちが軽くなった。そして芝生があって綺麗だなと眺めていると柵があって立ち入り禁止の立て看板があって、それを認めたときにガクッときたのだった。心地よさのレベルがほんの十数秒で変化したわけだ。それをメンヘラ的だな、と苦笑いしつつ、メンヘラ的であることが必ずしも駄目な訳でないとしたら、この敏感さは日常のなかで役立ってくれるかもと予感した。

掃除の話に戻ると、掃除をしなくても耐えられないというわけではないのだが、床を掃いた分だけ少しきれいになったのを認めると「ああ、このちいさな変化は好ましいな、ひとは特に気が付きはしないかもしれないけど」という小さな実感が湧いてくる。それと掃除の対象と掃除の行為に集中することで、思考が止んで頭のなかの波立ちが凪いでいくことに心地よさがある。その心地よさは少しだけ祈ることに似ている。